<冬旅>九州へ

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九州へ行こうと強く思った理由は、知人と渋谷で会った時からだった。

知人は生まれた時からの知り合いだ。
正確には父母と知人は知り合いで、生まれた時からお世話になっていた。
同じマンションに住むご近所さんで、ご夫婦で住んでいた。
東京の北区から三鷹へ引っ越す時も同じタイミングで同じマンションへ越した。
まだ子どもが小さかった時に、親は引越しが多くて大変だっただろう。
父と母と同じくらいの歳のご夫婦だ。

2人は忙しい合間を縫ってクリスマスには必ず遊びに来てくれた。
父が転勤で大阪へ行ったときも横浜に住んでからも、かかさず車を飛ばして会いに来てくれた。
たまに会う彼らは一度たりと子ども扱いをしなかった。
夜遅くまで話を聞いてくれて真剣にディスカッションをしてくれた。

20歳になった時、彼女はボストンで働いていた。
一人でボストンまで行った際、ホンダの渋い赤の車で空港まで迎えに来てくれた。
運転の腕は超一流、その姿は今でも変わらずかっこいい。

そんな彼らが仕事を早めに切り上げ、湯布院の山の中で暮らすと教えてくれた。
あんなにばりばり働いていたのにその暮らしをやめ、湯布院で暮らすという。


山道を登りきった所に彼と彼女の家はある。
水の音と鳥の鳴き声しかしない山の中。
でも全然寂しくはないという。

12月初旬渋谷で会った時、彼の方は腰を悪くしていた。
12月中旬にでもなれば少しは体もよくなるだろうから、遊びにおいでよと言われ
仕事の調査があったことをいいことに福岡から大分まで足を運んだ。

知人の体調が良くない時だったからなのか、小さい地震のあった日だったからか
会える時に会いに行かなければという思いが強くなって数日後航空券を取った。
すぐに会いに行けると思って前回会った時からすでに4年が経過していた。


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1日目は福岡に宿を取り、福岡の友達と再会。
夜までに用事を済ませ19時半に天神のタワーレコードでDJ仲間、S-Mileさんと会った。
久し振りな感じが全然しなくて天気の話なんかしながら天神の街を歩いた。
大名の居酒屋さんにみんな集まっているらしい。
S-Mileさんがやっているイベントで知り合ったDJ TAMさん、ともきさんと久し振りに会う。
そこにお仕事が終わった福岡の頼れる姉さんことmiyukiさんが合流し5人で乾杯。
初めてDJをやらせてもらったのは5年前、大名のKeith Flackというクラブだった。

積もりに積もった話をするにはとても一晩では足らず、みんな明日のお仕事があるので
名残惜しいけれど解散。
みんなで帰り道を歩く中、ああ、福岡が本当に好きだと思った。
いつも暖かく迎えてくれてありがとう。離れるのがさびしい。


一夜明けバスで湯布院を目指す。
湯布院のバス駅の前、彼女はボストンの時と何も変わらないドライビングテクニックで
青いかわいい車で迎えに来てくれて、山の中へ案内してくれた。
しいたけの原木から大人の手のひらほどある立派なしいたけを採って
少し離れた場所にある畑から白菜を採ってきて、その晩は鍋をしてくれた。
人の目をじっと見る穏やかな犬が足元にいて
今の話をした。


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一夜明けて、隣町に住む友人が大分観光に連れて行ってくれた。
長さも高さも世界一のつり橋は高すぎて足がすくむのも忘れた。
紅葉の季節はぐるり見渡せる山々がそれはそれはきれいだろう。
そこから別府に移動して地獄巡りへ。
別府は温泉の街だけあって方々から温泉の煙が上がっている。
テレビでしか見たことがなかった血の池地獄は、その名の通りお湯が赤かった。
鬼山地獄ではバナナワニ園並みにワニがわらわらいてテンションが上がる。

そこから今日本で一番行きたかった水族館、うみたまごへ。
海が目の前というロケーションは江ノ島水族館と一緒だ。
中も外もとても回りやすくてイルカが自らボールを投げてきたり、動物との距離が近い。
飼育員さんがどれだけ動物を大事にして手塩にかけているか見てとれた。
また何度でも来たいと思わせてくれる水族館だった。
友人は仕事を休んで観光に付き合ってくれた。ひたすらありがたい。


その晩は再び湯布院の知人宅へお世話になった。
大分駅近くに予約していたホテルをキャンセルして、ぜひもう1泊と誘ってくれたのだった。
おいしいワインを飲んでいるうちにいつのまにか眠ってしまった。
起きた時に聴こえた音は薪ストーブのパチパチという音とEnyaの声だった。
静かに流れる音楽。
お風呂に入らせてもらって彼女と今の仕事の話をした。
お酒を飲んだ上に温泉であったまって、何を話したのかは具体的に覚えていない。
ただ彼女と話すととても静かな気持ちになる。
いつもそうだった。正しいか正しくないかわからない時に彼女と話すと
胸の中で会議をしていた自分の分身は一人になりとても静かになるのだった。
そしていつも結論を導き出す手助けをしてくれる。


翌日は仕事だったので朝早い出発となった。
朝5時半、野菜を刻む音とパンの焼けるにおいで目が覚めた。
昨晩ライ麦のパンが食べたいから今年からライ麦を育てていると話してくれた。
信じられないほどおいしい玄米は田圃で丹精込めて育てたお米だった。

湯布院駅まで送ってくれる車に乗る前に、山の空気を忘れないように深呼吸をした。
駅前の空港行きのバス乗り場でお別れをしてバスに乗り込む。
生活をしている東京に戻ろう。
戻ろうとはっきり思った。

環境は違えど彼らと同じだけの時間が流れている。
時間がないと感じた。
するべきことは山のようにあるはずだ。
そしてここを選んだなら、ここで生きていこうと思った。

2010年はあと1日で2011年になる。
遅まきながら進む。

ありがとう九州、また会う日まで。
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by telephonelove | 2010-12-31 05:06 | JORNEY


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