カテゴリ:social walfare( 4 )

シンシア

彼女は介助犬だ。
パートナーと共に、ずっと暮らしてきた。
パートナーの介助犬というだけでなく、家庭犬として
家族としてパートナーと一緒に日本全国を共に移動した。
そして介助犬とはどういう犬か、身をもって伝えて歩いた。
日本で一番有名な介助犬としてメディアにも多く登場した。

身体障害者補助犬法という議員立法が2002年に作られたのも、
シンシアが介助犬のシンボルとして
動いていたのが大きな要素だった。
法律ができるまで、ほんとうに色々が起こった。
厚生労働省の人との話し合いの場にも参加していた。
そして、公共の場が障害を持つ人のパートナーとして動く補助犬の
行く手を阻まないよう、法律が創られた。

4.施設等における身体障害者補助犬の同伴等

1.国、地方公共団体、公共交通事業者、不特定多数の者が利用する施設の管理者等は、その管理する施設等を身体障害者が利用する場合、身体障害者補助犬の同伴を拒んではならない。(略)

2.民間事業主及び民間住宅の管理者は、従業員又は居住者が身体障害者補助犬を使用することを拒まないよう努めなければならない。






シンちゃん、おやすみなさい。
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by telephonelove | 2006-03-14 19:39 | social walfare

補助犬という生き物について

介助犬という犬がいる。
介護犬ではなく、介助犬という。

彼らは、障害を持っている人の補助をする犬だ。
ユーザは一人一人異なった障害を持っている。
介助犬がユーザに対して補助をする内容も多岐に及ぶ。

日本には補助犬法というものがある。
正式名称は身体障害者補助犬法。
盲導犬、聴導犬、介助犬がこの法律の対象になっている。

盲導犬は目が見えない人の歩行の補助をする。
法的には白杖と同じ位置付けとなる。
これは、杖というモノと犬という生き物が同じ扱いだという
マイナスの考えではなく
目が見えない人にとって、白杖と同じ位
盲導犬が重要な位置にあるという考えによる。

聴導犬は耳の不自由な人の耳の代わりに
ユーザに生活上で必要な音を知らせる。
耳の聞こえない人にとって、生活をしていく上で
必要な音を知らせる。
目覚ましの音だったり、自転車のベルの音だったり
赤ちゃんの泣き声だったり、ユーザにより異なる。

介助犬は、身体に障害を持っている人の
日常生活の補助をする。
車椅子で生活をする人の落とした物を拾って手元に渡したり、
エレベータのボタンを押したり、
冷蔵庫を開けて飲み物を取り出して渡したりする。

補助犬はユーザーにとってパートナーであり、
動物と暮らした人が思うであろう
かけがえのない相手として共に暮らしている。

「働く犬なんてかわいそう」と言う前に、
一度でもいいから働く犬を見てほしい。
勿論、育成団体でも全てが信用できる所ばかりとは限らないが、
ユーザにとって補助犬がパートナーであるのと同時に
補助犬にとってユーザはたった一人のかけがえのない
他の誰にも代えられないパートナーだ。

7年前、介助犬を知り
補助犬法ができ、そして今日久しぶりに介助犬に会った。
介助犬は日本ではまだ頭数も少なく認知度も低い。
厚生労働省が作った補助犬のホームページがある。

いろんな場所で会おうね。ほじょ犬

厚生労働省がこのようなホームページを公開するまで、
ユーザや補助犬や周りの関わる人達にとって、とても長い道のりだった。
そうしてこれからも道は続いていく。




 
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by telephonelove | 2005-10-09 01:46 | social walfare

受容の援助技術

相手を知るには、自分を知ること。と
先生は言った。

昨日から、一つ学ぶ事を始めた。
大学の時に勉強した内容をもう一度学ぼうと思う。

性別も年齢もばらばらで、すばらしく楽しい。
なんて楽しいんだろう。

自分がしたいことを勉強するのが、とても楽しいと
気付かせてくれたのは大学だった。
そして、今もう一度勉強しようと思った。

理由はとてもたくさんあって、でも私が
勉強をするように仕向けてくれたのは、周りの力だ。

福祉の勉強をした中で、一番印象に残っているのが
受容の援助技術だ。
相手を受け入れること。
それが大事だと。

相手の表情や、身振りから意思を汲み取って
相手の考えを尊重するということ。
それは、日々の生活の中にも必要なことだと思う。

だから少しでも知りたい。
「パッチ・アダムス」という映画の中で、医者のパッチは言う。
「患者を笑わせることが一番の薬だ」と。

たくさんたくさん笑わせたい。
それが一番のケアだと信じている。
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by telephonelove | 2004-09-26 14:33 | social walfare

そこにいるということ

大学に入ろうと決めた時、4年間は絶対に無駄にしないと決めた。
高校生まで劣等生で、世界史なんて10段階の3だった。
それを変えてくれたのが大学だった。

全てが楽しかった。勉強は楽しいのだと気づかせてくれた。
全て楽しかった。本当に全てだ。

どこにも不服はなくて、何の不満も無かった。
4年間で大学に行きたくないと思った日は一日もなかった。
色々なことを経験した。
「恋に落ちたシェイクスピア」で、初めてシェイクスピアと一夜を共にした
ヴァイオラが「It's new world!」と叫んだように。

自分が今まで知っていたフィールドなんか蹴っ飛ばして、
高々とジャンプした。空は常に晴れていて、もっともっとと思った。
もっと色々な事をして、色々な所へ行って、もっともっと。
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by telephonelove | 2004-09-15 01:20 | social walfare


NO MUSIC,NO LIFE


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