感覚のための音楽

大学の友人からのお誘いで、突如サントリーホールで行われたウィーンフィルのコンサートへ行ってきた。

サントリーホールはシンプルで華美でなくてとても感じがよかった。
ヨーロッパ以外で定期的にウィーンフィルが演奏をしているのはカーネギーホールと日本だけらしい。
ウィーンへ行って聴きたいとずっと思っていたウィーンフィルがこんな形で聴くことができるとは。
久し振りすぎるクラシックのコンサートはものすごく緊張した。
席は2列目。映画館と一緒で、顔を上に上げないと観られない位にステージが近い。
鳥肌が立った。


全部で3曲。
圧巻だったのはアンリ・トマジ トロンボーン協奏曲。
トロンボーンのための協奏曲は初めて聴いた。
トロンボーンという楽器に着目したことがなかったけれど、とても表現豊かな楽器だ。
すーっと伸びる音や、かと思えば横に広がる和音のような音。
とても1人で出しているとは思えない表現の広さだった。
ドラマチックだった。

そして後半はドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」。
新世界よりという言葉には、ニューヨークでドヴォルザークがある音楽院の院長を務めていて
新世界アメリカから故郷ボヘミアへ向けて、という意味が込められているらしい。
一度は誰もが聴いたことであろうこの曲、第1楽章から第4楽章までで45分間。
45分があっという間だった。

圧巻。
指揮者は小沢征爾の代役で、31歳という若さで快く思わない人もいただろう。
でもとても素敵だった。感情豊かでその手は指の先まで神経が行き届いていて、ダンサーのようだった。
跳んだり足でリズムを取ったり躍動感があった。
一つの曲が終わる度に微笑む姿は素敵だった。

クラシックは格式高くて退屈な音楽だと思われがちだ。
実際に年に1回コンサートへ行ければよい方だし、CDに至っては今では殆ど聴かない。

どの音楽でもそうだけど、背景を知るといつの間にか距離が近くなる。
創った人や奏でる人、その曲ができた時作曲者がどんな思いを込めたのか。
一つ一つの音に意味があり、それを追求したくなる。

呼吸できない位に集中していた。
前の席ではないとわからない楽しみも知った。
演奏する人がどんな顔をして演奏しているのかとてもよく見えた。
コンマスの手は繊細でチェロを弾く人の笑顔は人懐っこかった。
みんなよく笑い、観客の目を見ていた。
若い指揮者 アンドリス・ネルソンスは鳴り止まない拍手に両手を合わせて応えていた。


家に帰った今も思い出したら涙が出そうだ。
フジロックに行くために残りの361日をがんばる人がいるように、
ウィーンフィルを聴くために364日をがんばる人もいるのだろう。
音楽は楽しむ音。
クラシックも、ロックもそれぞれ意味がある。
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by telephonelove | 2010-11-02 03:38 | day


NO MUSIC,NO LIFE


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